医療法人化の手続きと費用はどのくらいかかるの?

医療法人化を検討する理由として、個人経営のクリニックにおいて利益が順調に伸びてきた際の節税対策、あるいは事業拡大の予定や後継者が確定している場合など、法人化のほうが有利な状況が見込まれることが挙げられます。一旦法人化すると個人に戻すことは難しいことから、失敗のない法人化の準備に向けてシミュレーションしておくためにも、必要な書類申請や手続き、その費用について把握しておくことが大切です。
医療法人化とは?
個人でクリニックなどの事業を継続していく中で、規模が大きくなってくると考えるようになるのが医療法人化です。運営上の事情や税金対策など、きっかけとなる理由はさまざまですが、そもそも医療を法人化するとはどういうことなのでしょうか。
法人とは、法律によって人として扱うことが認められた組織と定義されているように、今まで個人で所有、経営を行っていたクリニックは、医療法人が行うことになります。したがって、預貯金、固定資産、買掛金、未払金などといった財務管理も、個人から完全に別人格として扱うことになります。
出資持分に関しては医療法人独自の制度が確立されており、従来、医療法人の成長とともにその価値は出資者に帰属されていましたが、平成19年4月以降に設立された医療法人については、医療法人が解散しても残余財産は国などに帰属する拠出金制度に改正されていますので、注意が必要です。
医療法人化のメリット・デメリット
では、医療法人化するとどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
メリットについては、大きく分けて節税効果、相続・事業継承、社会的信用といった面で期待できそうです。
メリット
- 所得税、住民税などの個人課税が、法人化することで税率を引き下げられる。
- 所得が大きくなるほど節税効果が得られる。
- 院長の報酬は給与として法人から支払われるようになり、給与所得控除が適用される。
- 家族が運営に携わっている場合、家族にも報酬や給与の支払いが発生するようになり、家族の所得が分散され、税負担を抑えることができる。
- 給与よりも税制面で優遇される退職金の支払いが、院長や理事長に対しても発生する。
- 保険契約等を経費(損金)に計上できるようになり、所得を減額できる。
- 個人では手続きが煩雑で多額な相続税がかかる事業承継が、医療法人の場合は、出資持分を計画的に譲渡・贈与することで完了し、手続き面でもスムーズである。
- 個人では難しい分院設立や介護事業などへの事業展開ができるようになる。
- 法人会計を採用することで、適正な財務管理を行えるようになり、金融機関等への取引的信用を得られる。
- 社会保険等の福利厚生が充実し、スタッフ確保に有利である。
デメリット
一方、デメリットには次のようなことが考えられます。
- 法人設立の手続きが煩雑である。
- 毎年、決算関係書類の提出や資産変更等の登記の義務など、提出義務がある。
- 最長2年の役員の任期ごとに登記手続きが必要である。
- 健康保険や厚生年金などの社会保険加入義務が生じ、費用負担が増加する。
- 交際費の損金算入できる金額に限度がある。
- 都道府県知事による立ち入り検査等の指導が強化される。
- 医療法人の解散には条件があり、簡単には出来ない。
- 出資持分についての財産権がなくなり、解散時の残余財産は国や地方公共団体に帰属することになる。
各メリット、デメリットを考慮したうえで、毎年の医療所得が高額である、事業承継者が決定している、事業拡大を計画しているなど、多くのメリットが見込まれる場合に法人化は適していますが、費用対効果を期待できそうにない場合は、個人経営が望ましいと言えそうです。
医療法人化の手続き手順
医療法人化に向けた手続き関係は煩雑であり、ある程度の期間を要するため、計画的に行う必要がありそうです。個人クリニックからの法人化は権利関係を法人に移す作業となるため、作成すべき書類は権利関係がどのくらいあるかによっても異なってきます。
医療法人の設立申請ができるのは医師、歯科医師となっており、理事3名以上と監事1名以上が原則とされています。また法人の名称は、既存の医療法人と似たような名称や紛らわしい名称は避ける必要があります。
医療法人設立までの手続きは、以下のような流れになっています。
医療法人設立認可申請
医療法人を設立するためにまず必要なのが、行政による許可、届け出です。具体的には、『医療法人設立認可』申請を都道府県等にする必要があります。
ここで注意すべきことは、申請は年に2回程度、決まった時期に限定されていることです。したがって、この仮申請受付期間の約3ヶ月前(本申請から約6ヶ月前)から準備をしなければなりません。
自治体によっても異なりますので、事前に制度を確認し、申請期間に必要書類が整うよう計画を立てて準備をしておく必要があります。
その後 医療法人設立認可書の交付を受けることになります。
法人設立登記申請・完了届
設立許可書の交付を受けた後は、法務局に登記申請をします。この登記が行われた日が設立日になります。
登記自体は難しいことではないようですが、医療法人ができただけでは医療機関としての業務が行えるわけではありません。法人設立登記完了後に『法人設立登記完了届』を管轄の都道府県に提出する必要があります。
診療所開設許可申請・開設届
登記完了後『診療所等開設許可申請書』、『使用許可申請』を厚生局・保健所へ提出します。また、個人クリニックからの法人成りの際には、『個人診療所廃止届』とともに新たに『診療所開設届』も必要となります。
その他、レントゲン装置を設置する場合、『エックス線装置設置届』の届出も必要です。この届出に必要な漏洩検査報告書は業者に依頼をしなければならないため、法人化が滞りなく進めるよう、依頼を計画的にしておくとよいかもしれません。
保険医療機関指定申請
『保険医療機関指定申請』は、診療所としての許可を受けた後、厚生局に対して行いますが、月に一度の締め切りを逃すと1か月間のブランクができるので注意が必要です。
個人クリニックからの法人成りでは、個人クリニックの廃止届とともに、指定申請を改めて受ける必要があります。
中見出し3-5:諸官庁への届出
その他、社会保険、税務関係の届出も忘れてはならないことです。届出書類によって提出期限が定められているため、事前に確認し、管轄の税務署、および社会保険事務所などに速やかに提出できるよう、準備を進めておくことが大切です。
<手続き一覧>
申請時期 | 申請内容 | 提出先 |
法人設立から
10ヶ月前 8ヶ月前 7ヶ月前 5-4ヶ月前 2ヶ月前 2ヶ月前 |
【医療法人設立認可申請】
医療法人設立シミュレーション 仮申請書作成 設立認可申請書の提出(仮申請・事前審査) 設立認可申請(本申請) 申請書類の最終審査と医療審議会への諮問 医療法人設立認可書交付・受領 |
都道府県 都道府県 都道府県 都道府県 |
<法人設立> 1-2週間後 |
【医療法人設立】
法人設立登記申請 法人設立登記完了、法人設立登記完了届 |
法務局 |
法人設立直後 <営業開始> 営業開始時 設立後※期限あり |
【診療所開設・保険医療機関指定申請】
使用許可申請・開設許可申請 診療所開設届・個人診療所廃止届 保険医療機関指定申請(遡及申請) 社会保険関係、税務関係届出 |
厚生局・保健所 厚生局・保健所 厚生局 社会保険事務所他 |
医療法人化の費用はどのくらい?
医療法人化に必要な各種手続きは複雑で煩雑なため、書類作成および登記は、通常、行政書士、司法書士や税理士といった士業の方に依頼することがほとんどです。書類の内容や事業の規模によって依頼先や料金も異なりますが、ここでは個人クリニックから法人化した場合の目安となる費用について見ていきましょう。
医療法人設立認可、登記
設立認可手続き(管轄の都道府県に提出)にかかる費用です。
- 医療法人設立認可申請 600,000円~
- 医療法人登記・登記完了届 100,000円~
診療所開設届関係
開設手続関係の書類(保健所へ提出)を依頼した場合の費用です。
- 診療所開設許可申請 100,000円~
- 診療所廃止届(個人事業分)50,000円~
- エックス線装置設置許可申請 50,000円~
保険医療機関関係
保険医療機関関係書類(厚生局へ提出)の費用は次のとおりです。
- 保険医療機関適用廃止届出(個人事業分) 50,000円~
- 保険医療機関指定申請 50,000円~
その他諸費用
その他、各書類に添付する印紙代、依頼時に発生する交通費など諸費用が発生します。さらに従業員の社会保険手続き等も法人化と同時に発生する費用となります。
一括で依頼した場合の費用
既に顧問税理士さんや顧問社労士さんがいる場合には、対応してもらえない一部の申請のみを他に依頼することになりますが、医療法人化に基本的に必要な申請書類をすべてパックで依頼した場合、700,000円~1,000,000円あたりが相場のようです。
医療法人化の最適なタイミングとは?
医療法人化は、税金面や事業展開などにおいてメリットはありますが、社会保険の加入など、運営管理面で費用が増加するデメリットがあります。これらを考慮したとき、医療法人化に踏み切るにはどのタイミングが最適と言えるのでしょうか。
所得1,800万円を超えたとき
医療法人化が節税効果を持つのは、個人との課税の違いにあります。個人事業では、所得が多いほど税率が高くなるという累進課税ですが、法人税には所得による税率の違いが原則としてなく、規模が大きくなるほど法人設立に適していると言えます。
個人の場合、所得税の最高税率は45%となっており、これに住民税等を加えると最高で55%程度になります。一方法人の場合の税率は800万円までが15%、800万円を超えると23.2%となりますが、法人事業税等を加えても30%程度です。
これらのことを加味し、法人化する目安としては、業績が順調に伸びて所得が1,800万円を超えたときがちょうとよいタイミングといわれています。
法人化することで、社会保険料の負担などのランニングコストも増えますので、事前にシミュレーションをしておくことも必要ですが、法人の方が節税対策の選択肢が多いことは確かなようです。
事業拡大を予定している
複数の医療施設や介護施設などを開設するなど、事業拡大が具体的になったときは、法人化をするタイミングと言えるかもしれません。基本的に分院等の事業拡大は医療法人でしかできませんので、開院当初からや幅広い事業展開を視野に入れている場合には、最初から医療法人として設立することが望ましいようです。
事業拡大に向けての取引先の開拓や新規雇用に関しても、個人事業と比較して社会的な信用を得やすいというのも理由の一つです。社会保険制度の整った法人は雇用される側にとっても大きなポイントとなり、事業拡大のために従業員を増やす必要が出てきたときにも有利といえそうです。
事業継承者がいる
次世代への継承が明らかな場合、個人よりも法人のほうが手続き面でスムーズです。医療法人の後継者は社員総会で理事に選任され、理事長は業務の執行機関である理事会により選任されるというシンプルな流れで済みます。
社会保険診療報酬5,000万円超
医師の収入として、社会保険診療報酬と自由診療の収入等がありますが、そのうち『社会保険診療報酬』が5,000万円以下の場合、必要経費の算入は実額ではなく概算経費で適用できるという特例があります。この特例は、社会保険診療報酬と自由診療の合計額が7,000万円以下の場合も適用されます。
つまり、社会保険診療報酬が5,000万円を超えたときにこの優遇措置を適用できなくなるため、医療法人化を検討するにはよいタイミングといえそうです。
医療機器の償却期間6年を経過したとき
開業時に設備投資した医療機器の償却が終わるのは、開業6年を経過したときで、このタイミングで医療法人化を進めると節税につながります。7年以降の減価償却費がなくなる分、利益が増加し、それに対して税負担が増えることを避けるために、法人化をする医院は少なくないようです。